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July 4, 2007
七夕(しちせき/たなばた)
今年の七夕は2007.07.07で、巷では777のトリプルセブンとかなんとかで、ちょっと話題になったりしています。そんな七夕について、僕が知っているのは“彦星に織姫”、“短冊に願事をする”ぐらいです。最近は大人になったので、なぜそのような行事が行われるのかなど疑問を持つようになりました。以下に七夕に関して調べてみました。
七夕は、日本・中国・朝鮮などにおける節供・節日のひとつ。
古くは、棚機(たなばた)とも表記し、今日一般的にたなばたと発音するのはその名残でもあります。元来は中国の節句のひとつであったものが奈良時代に伝わり、もとからあった日本の棚織津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた言葉のようです。
新暦の7月7日は夏ですが、旧暦の7月7日はほとんど立秋以降であるので、古来の七夕は秋の季語でした。日本の多くの地域では、新暦の7月7日は梅雨の最中なので雨の日が多く、旧暦の頃からあった行事を新暦の同じ日付で行うことによる弊害の一つといわれています。ちなみに、七夕に降る雨を「洒涙雨(さいるいう)」といい、織姫と彦星が流す涙だと伝えられています。
起源
日本古来の豊作を祖霊に祈る祭(現在のお盆)に中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きこうでん)などが習合したものと考えられています。もともと盆行事の一部が独立した行事として、行われるようになったと言われている。笹は精霊(祖先の霊)が宿る依代が起源だと考えられています。
織女星と牽牛星の伝説
こと座の1等星ベガは、中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)として知られています。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘です。夏彦星(彦星、牽牛星)は、わし座のアルタイルで、夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めました。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなりました。このため天帝は怒り、2人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ会うことを許されていました。しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず牽牛も彼女に会うことができません。その時は、二人を哀れんでどこからか無数のカササギがやってきて、天の川に自分の体で橋をかけてくれるという話です。
風習
祭は7月6日の夜、つまり7月7日の早朝に行います。殆どの神事は、「夜明けの晩」(厳密には午前1時)、つまり朝の前の夜に行うことが常であり、7月7日の夜明けの晩とは7月7日の早朝となります。午前1時頃には天頂付近に主要な星が上り、天の川、牽牛星、織女星の三つが最も見頃になる時間帯でもあります。
全国的には、短冊に願い事を書き葉竹に飾ることが一般的に行われています。短冊などを笹に飾る風習は、織姫が織物などの女子の手習い事などに長けていたため、江戸時代に手習い事の願掛けとして始まったもので、日本以外では見られないようです。
投稿者 chuko : July 4, 2007 8:00 AM
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